映像制作デザイナー荒川友美子

「特撮映画」「怪獣もの」など、
映画、TV、CM関連デザイナーを
本業とする荒川友美子をご紹介いたします。

本編 1990年代

1999年

6月

11日

「メッセンジャー」劇場用映画 1999年

(美術助手として)

 

監督/馬場康夫   美術/小川富美夫   出演/草薙剛・飯島直子

 

この作品以来、町中で走る自転車便が気になってしょうがない。

オープンセット[TOKYO EXPRESS]は、実際東京タワーのふもとに建っていた廃屋(森ビル所有)

を大加工した。

1997年

6月

11日

「BEAT」劇場用映画 1997年

(美術助手として)
 
監督/宮本亜門  美術/都築雄二  出演/真木蔵人・内田有紀

1997年

6月

11日

「モスラ2」劇場用映画 1997年

(本編美術助手として)

 

監督/三好邦夫  美術/清水剛  出演/小林恵・山口紗弥加・ 羽野晶紀 

怪獣出演/モスラ・フェアリー・ダカーラ 

1996年

6月

11日

「誘拐」劇場用映画 1996年

(美術助手として)

 

監督/大河原孝夫  美術/部谷京子 出演/渡哲也・永瀬正敏 他

1996年

6月

11日

「八つ墓村」劇場用映画 1996年

(美術助手として)

 

監督/市川崑  美術/櫻木晶  出演/豊川悦司・浅野ゆう子 他

戦後(数年後)の石けん工場。

 

映画冒頭、高橋和也が働いてるシーン。

1994年

6月

09日

「渡世無頼」劇場用映画 1994年

(美術助手として)

 

監督/高瀬将嗣  美術/遠藤(ポパイアート)  出演/宍戸開・遠藤憲一 他

1994年

6月

09日

「ゴジラvsスペースゴジラ」劇場用映画 1994年

(本編美術助手として)

 

監督/山下憲章   美術/酒井賢  出演/橋爪淳・江本 明・吉川十和子 他

怪獣出演/ゴジラ・リトルゴジラ・スペースゴジラ 他

 

バース島の海岸にゴジラ用の仕掛けをして待つ結城(江本)のテント村。

猛暑の沖永良部島。息も出来ないほどの熱風もあった。

1994年

6月

09日

「写楽」劇場用映画 1994年

1994年

6月

09日

「仮面等ライダーJ」劇場用映画 1994年

(本編美術助手として)

 

監督/雨宮慶太  美術/高橋昭彦  出演/望月祐多・野村佑香 他

怪人出演/仮面ライダーJ(岡本次郎)・コブラ男・トカゲ男・ハチ女 他

1993年

6月

09日

「ゴジラvsメカゴジラ」劇場用映画 1993年

監督/大河原孝夫 美術/酒井賢  出演/高嶋政宏・佐野量子 他

怪獣出演/ゴジラ・ベビーゴジラ・ラドン・メカゴジラ

1992年

6月

09日

「遠くの声を探して」劇場用映画 1992年

(美術助手として)

 

監督/宮島秀司  美術/斉藤岩男  出演/東幹久 他

 

一ヶ月間準備し、もうすぐクランクインのところで撮影中止決定。 

不法労者に対する入国管理局職員の心の葛藤を描いたもので、 美術の準備中、

自分の知らない、深い世界を勉強させて頂き、 作品に大きな期待をしていたので残念だった。

 

1992年

6月

09日

「プライベートレッスン」劇場用映画 1992年

(美術助手として)

 

監督/和泉聖治  美術/斉藤岩男  出演/稲垣吾郎・中居正広 他

1992年

6月

09日

「未来の想いで」劇場用映画 1992年

(美術助手として)

 

監督/森田芳光  美術/今村力  出演/清水美砂・工藤静香 他

1991年

6月

09日

「夜逃げ屋本舗」劇場用映画 1991年

(美術助手として)

 

監督/原隆仁  美術/石井巌  出演/中村雅俊 他

「夜逃げ屋本舗」
「夜逃げ屋本舗」ミッドナイトラン号

主に夜逃げ屋トラック

「ミッドナイトラン号」担当。

 

写真は、ヤクザの親分を

夜逃げさせ、朝霧高原に

置いてくるシーンの撮影前。

1991年

6月

09日

「波の数だけ抱きしめて」劇場用映画 1991年

(美術助手として)

 

監督/馬場康夫  美術/山口修  出演/中山美穂・織田裕二  他

1991年

6月

09日

「電影少女」劇場用映画 1991年

監督/金田龍  美術/清水剛  出演/大沢健・坂上香織 他

1990年

6月

09日

「超高層ハンティング」 劇場用映画 1990年

監督/服部光則 美術/水野伸一 出演/岡森諦・風見慎吾

1990年

6月

09日

「妖獣対戦」劇場用映画 1990年

監督/羽二ミオ 美術(日本)水野伸一 出演/赤井英和、グロリア・イプ

 

作品は香港ロケ。私は日本待機班としての参加だったが、

「来週から香港行くぞ!」と言われ、2日後には日本を離れるはめとなった。

しかも急なため、一人でのフライト。

空港で待ってるはずの現地スタッフは待てど暮らせど来ない。。。

 

その後、1ヶ月に日本⇔香港3往復。

意識朦朧、そして大けが。最後の日、空港ではオーバーステイだという事で個室に連れて行かれ、

英語と広東語で質問攻めの末、なぜか自腹で罰金を払った。(自分のせいじゃないのにー!)

当時、23歳の私としては、かなり辛く感じた。

 

しかし、悪い事ばかりではなく、現地スタッフがとても暖かかった事、

様々な新しい体験をさせて頂いた事に。今は感謝している。

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